jeudi 12 mars 2009

人間を対象にした免疫学の推進

このタイトルを見て、分野外の人はこれまでの免疫研究は人間を対象にしていなかったのか、と驚かれるかも知れない。もちろん、時間的なスケールは人により異なるだろうが、免疫学の研究者は将来的には人間への応用を視野に入れていると想像される。私もかつてはその現場に身を置き、そのような視点を意識していたからである。しかし、実際の学問の世界で生き残るのは、他の世界と同様になかなか大変である。研究者が現実的な生活を考え始めると、理想はさて置き、生存に有利なやり方を取らざるを得なくなる。20-30年前までであれば研究者にもまだ余裕はあっただろうが、今や研究者の世界にも数字による評価が大手を振って歩くグローバリゼーションの波が押し寄せている。その波にのまれないためには、波に乗らなければならないというので、数字が上がる仕事に大挙することになる。その犠牲になっているのが、ヒトを対象にした免疫学だというのである。

この主張はよく理解できる。人間はそもそも雑種であり、病気の様相も複雑であるため、純粋科学から見ると研究が泥臭くなり数字による評価を得にくいため、より単純で解析がきれいにできるモデル動物や試験管内での実験に向かうことになる。研究者が生活する上ではこの視点はやむを得ないかもしれない。しかし、モデル動物とヒトとの間には大きな溝があり、動物での成果がヒトでは再現できないことがしばしば起きている。現在の研究の方向性がヒトの病気の解明や治療法を編み出す上で障害になっており、新しいアプローチが必要であるという考えが生まれても何ら不思議ではない。そのような考えが最近出されている。

Hayday AC, Peakman M "The habitual, diverse and surmountable obstacles to human immunology research" Nature Immunology 9: 575-580, 2008

Mark M. Davis "A prescription for human immunology" Immunity 29: 835-838, 2008

この二つの論文を読みながら、いろいろな考えが廻っていた。まずヒトそのものを対象にして研究を進めること自体には倫理的な面をクリアしていれば異論はないだろうし、そうしなければわれわれに還元される研究成果は生まれないだろう。

ここで一番大きな疑問に感じるのは、このように指標を増やし、対象を広げて集団としての数値を出すことで果たして正常や異常を定義できるのかという点である。それはある物質の量を調べる研究になるので、同一個人でも時とその環境により大きく変化することが予想される。この点についてはマスター1年目の論文でジョルジュ・カンギレムの仕事を読みながら考えてみたが、現時点では否定的な見方に傾いている。もちろん、このようなアプローチをする過程で副産物として新たな発見は生まれる可能性はあるだろうが、、。

第二には、このやり方はゲノム解析の時のように多数の研究者を巻き込んだ組織として科学をしなければならなくなる。ビッグ・サイエンスである。一つのシステムを個人レベルで追うという科学が歴史的に持っていたスタイルとは大きく異なる。ビッグ・サイエンスが生み出す成果には計り知れないものがあることはゲノム解析で実証済みである。ただ個人的には、これまでスモール・サイエンスに参加する意義を感じてやってきたので、ビッグ・サイエンスに関わる心境にはなれない。そこでは大きな目的のために科学者個人が埋もれてしまうように見えるからだろう。大義のためにこのようなプロジェクトに参加しようとする意志を持った研究者によるしかないのだろう。

それから莫大な研究費の確保も問題になるだろう。物動物実験の場合には遺伝的に均一な集団を用いることが多いが、ヒトの場合には雑種であり、しかも人種による差も考慮に入れなければならない。このようなアプローチに対して、一般の人の理解が得られるかどうか。日本の状況も注意して見て行きたい。

最後に研究者をヒトの研究に向かわせるには、今の研究評価の在り方を根本から考え直さなければ、これらの提案は理想に終わり実現は難しいかもしれない。研究者は現在ある条件の元に仕事を始めることになるので、今のままであれば成果の出やすいところに流れるのは避けられないだろう。今行われている評価には大きな問題があると考えているが、それを改めるためには今の評価のやり方を上回る哲学が求められるだろう。今すぐにその状況が変わるとは思えないが、そのような哲学を練り上げていく必要があるだろう。以前に別のサイトで少しだけ触れたことがあるが、そういう声は出始めている。今後もこの問題は注視する必要があるだろう。





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