lundi 5 octobre 2009

ある免疫学者が見た集団的思考 "Denkkollektiv"



著者のクラウス・アイヒマンはドイツの免疫学者で、ドイツのシステムの中心を歩いてきた方になる。今回読んでみて、3年ほど前に研究生活を終え、その後科学哲学の領域を自ら読みながら来し方を振り返っていたことを知った。その歩みは私の場合と完全に重なることに驚いていた。また、本書の内容は私の同時代の記録にもなっているので興味深く読み進むことができる。

そのテーマは、彼が研究生活の大部分を捧げたニールス・イェルネの学説 「ネットワーク・セオリー」 の盛衰になる。ニールス・イェルネについては、以前に別ブログで触れたことがあるので参照願いたい (2008.6.9)。 この学説は発表された当時大きなインパクトを与えたが、その後証明が難しく、形而上学的であるなどの理由で免疫学の中心から無視されることになったもので ある。そのようなテーマをやってきたアイヒマンが研究生活の終わりを迎え、自らの研究生活の意味を問いたくなったとしても何ら不思議ではない。むしろ、自 らの経験を振り返ってみると非常によく理解できる。

この学説をもとに仕事を進めた研究者は当代一流の人が多い。彼の疑問は、なぜこのように基盤の怪しい学説に多くの優秀な研究者が惹きつけられたのか、ということになる。この疑問から、免疫学の領域で見られた大きな誤りについても検証している。大きな誤りとは、免疫学に占める位置が大きな問題に対する答えが、研究の進歩に伴って間違っていたことが明らかになるという意味である。その誤りの種類は、完全なでっち上げから実験結果の解釈の間違い、さらに実験に用いた材料の不備など様々である。事が進行している最中はある意味では熱狂の中にあるが、時が経って見ると当時感心して聞いていたような話が実は全くの想像の産物であり、実験に基づく証拠などないことがわかる。今、冷静になってその話を聞き直してみると、むしろ滑稽でさえある。その中にいると科学的な検証をすることなく、流されてしまうのだ。

アイヒマンは科学哲学を読み始めたばかりで、特にトマス・クーンがパラダイムについての着想を得たルドヴィク・フレックに影響を受けている。フレックについては別ブログで触れている(2008.5.18)。 その影響は、本書のタイトルがクーンのパラダイムに当たるフレックの "Denkstil" を共有するコミュニティとも言える "Denkkollectiv" へのトリビュートであることに現れている。この言葉をタイトルに入れたことからもわかるように、研究者が冷静な心を失い流される背景には研究の世界で主流 となっている考え方に有形無形の影響を受けているためではないか、という推測がある。ある実験結果を見た時に、今流行りの考えに合うような答えを出そうと する。他の解釈もできるのに、主潮に沿うような解釈をしてしまうことが起こっているのではないか。そこに功名心なども加わるかもしれない。実際に研究を進 めている人が眼には見えないこの束縛から自由になるのは難しいかも知れない。

もう一つ私が考えたのは、科学哲学が教える精神運動についての知識がないこともあるのではないだろうか。その精神運動とは、少し引いてものを見る、時には歴史的な事実にも目をやりながら考え直してみるという態度と言ってもよいだろうか。私自身も現役の時にこの領域について知っていれば、もう少し違った研究生活になったのではないかとその存在を知ってから思ったものである。現役の研究者も科学哲学への理解を深めるべきだと考える理由がここにある。

この本には実際にネットワーク・セオリーをもとに研究をした人たちのインタビューが載っている。その中に興味深いコメントが見つかった。それは、この説が出た当時は研究者がよくディスカッションをしていたが、今それぞれの枠の中に入ってしまい、研究者間のディスカッションがなくなってしまったというものである。小さな領域に入ってしまうと、ディスカッションがテクニカルになりがちである。ネットワーク・セオリーのように全体を説明しようとする場合には、それぞれの哲学も含めて幅広いディスカッションをせざるを得なくなる。ひょっとすると、当時の一流の研究者はこの全体を説明する説の出現に惹かれたのかも知れない。それ以来、この説に代わるようなパラダイムはまだ出ていないように見える。


Aucun commentaire: