dimanche 18 juillet 2010

フンボルトの目指したもの




 科学を理解するためには芸術が必要(またその逆)であるという見解は、決して新しいものではない。が、このことを立派な科学者や立派な歴史家によってしばしば忘れられ、あるいは曖昧にされるので、時折これに新しい力と新しい生命とを与えることが必要であり、またそれを新説――現代におけるもっとも重要な新説――であるかのように取り扱うことが必要だ。前世紀におけるこの見解の最大の提唱者の一人は私たちの研究方面の先駆者でもあった人である。・・・広く高い科学的素養を身につけ、そのうえワイマール仲間の間で文学的手ほどきを受けたのち(あれほど他の人たちには批判的だったゲーテすら、この人物に対する賞讃においては決してぐらつかなかった)、彼は南アメリカを探検して五年を過し、その結果を論じたり発表したりしてさらに三十年を過ごした。五十八歳のとき、ベルリンで一連の講演を行なったが、それは、それから十八年たって発表しはじめ、残りの生涯をそれに捧げた一大フレスコのほんの素描だったのである。




 この人物は――名前を言う必要がまだあろうか――アレキサンデル・フォン・フンボルトである。そして私が今いった老齢での仕事というのはあの『宇宙』(Kosmos、全五巻)だったのだ。最初の二巻は一八四五年と一八四七年(彼が七十六歳と七十八歳のとき)に、三巻・四巻は一八五〇年と一八五八年との間に世に出た。彼は一八五九年に齢九十歳で死に、第五巻は死後三年にして世に出たのである。私たちが考える必要のあるのは最初の二巻だけだ。第一巻には物理的世界についての優れた記載と説明があり、第二巻は科学の歴史となっている。かくてフンボルトは地理学的綜合の先駆者であるとともに歴史的綜合の先駆者でもあった。彼は新しい地理学とともに新しい歴史の創始者でもあった。・・・何よりも注目すべきことは、芸術と科学との二極性を彼が具体化したことである。

 その企画があまりに野心的だったために、それを実現するところまではとても行かなかった。だが、私たちは彼を非難してはならない。先駆者は着手者である。彼らに仕事の完成を期待することは無理である。それを完成するのは彼らの任務ではない。・・・ところで、今の私にはわかるのだが、切に語る必要のある偉大な物語は、科学と芸術と宗教との間の相互関係のリズムについてである。・・・それは人生の根本問題と主要価値とに対する、人間の感受性の物語ともなるであろう。 


-----------------------------------------------------------------------------
 ジョージ・サートン 『科学の生命』(森島恒雄訳、玉川大学出版部、昭和49年)より
 George Sarton (1884-1956) "The Life of Science" (1948)


Aucun commentaire: