dimanche 22 mai 2011

新しい世界への道、あるいは Habits of thought との闘い



先週、パスツール研究所でフランソワ・ジャコブFrançois Jacob, 1920- )とジャック・モノー (Jacques Monod, 1910-1976)によるオペロン・モデルの発表から50年を記念した下記のシンポジウムがあり、参加した。考えておくべきことがあったので、書き留めておきたい。

EMBO Workshop on
the Operon Model and Its Impact on Modern Molecular Biology
(May 17-20, 2011; Institut Pasteur)

The review article entitled “Genetic Regulatory Mechanisms in the Synthesis of Proteins“ or in brief the “Operon model” by François Jacob and Jacques Monod was published in the Journal of Molecular Biology on June 1961 (J.Mol.Biol. 3, 318-356, 1961).


シンポジウム最終日最初のセッションにはポール・ナースさん(1949- )とリズ・ブラックバーンさんという2人のノーベル賞受賞者が登場し、濃密な時間が流れた。ブラックバーンさんは冒頭カバンの中から取り出したフランソワ・ジャコブさんの La Statue intérieure (1987) の英訳本 The Statue Within: An Autobiography (1995年版) の一節を読み上げ、今日のテーマはこれですと言ってから話し始めた。それは研究をする時にしばしば戦わなければならない "habits of thought" (ジャコブさんの言葉では、les habitudes de pensée)。ある枠に嵌った考え方の癖のようなものだろうか。一つの事実が明らかになった時、それまでの固定化された見方・考え方でその事実を説明しようとすると、本当のことを見逃すことがある。その固定観念から自由になることによって初めて発見に繋がるということを言いたかったのではないだろうか。彼女の主張は自分の研究室から出てきたデータを元にして話を進め、しかもそれがいくつも出てくるので説得力がある。2009年に賞を貰ってから時間が経っていないせいだろうか。研究に向けての集中力が一番高い印象を持った。

同じセッションでオックスフォード大学のキム・ナスミスさん (Kim Nasmyth, 1952- ) が話した中にも類似の現象があった。1900年にメンデルの法則が再発見され、1902年にはメンデルが示した遺伝を支配するものは染色体にあるとする染色体説ウォルター・サットン (Walter Sutton、1877-1916) とテオドール・ボヴェリ (Theodor Boveri、1862–1915) により提唱された。しかし、この考え方がすぐに受け入れられることにはならなかった。その説明としていろいろあり得るだろうが、こういう説明をしている人がいる。細胞が違うとその機能も変わってくる。しかし、どんな細胞を見ても染色体は同じ姿をしている。同じ姿をしているものが違うことをやっているはずがない、と考えたのではないかというもの。観察されたものがすべてで観察されていないものが存在する可能性はその精神活動の中にないということだろうか。キムさんはもう一つ興味深いことを言っていた。それは、オペロンの研究はフランスのデカルト的論理とイギリスの経験主義的なやり方 (wet experiment) がうまく調和した極めて稀な例であるというもの。英仏の長い歴史が醸し出すものをそこに感じていた。

この日のトップバッターは細胞周期の専門家ナースさんだった。研究の内容を評価することはできないので何とも言えないが、こんなことを話していた。このデータはわたしが人生を掛けて細胞周期の調節に大切だと言ってきた分子が実は必須ではないことを示すものである。これを2度ほど言っていたのではないだろうか。そして、別のプロジェクトでは調節に必須である可能性のある新しい分子が出てきているというお話も出ていた。

上の御三方のお話を聞いて印象に残った一つは、発せられる言葉が精神活動の状態を示し、しかもそれが体と一体になって活動しているように見えたことだろうか。ブラックバーンさんは強調したい時には爪先立つようにリズムを取りながら体を上下に動かして話していた。また、ナスミスさんが強調する時は、細身の体を折り曲げるようにしながらお腹から大きな声を出していた。それぞれのプレゼンテーションには集中力と緊張感が溢れていて、質疑応答もリズム感があり、聞いていて気持ちがよい。こういうやり取りを見ていると、科学とは単に事実を見つけるだけではなく、その後の処理の仕方が重要になることに気付かせてくれる。そこではここで言うところの 「科学精神」 を十全に発揮しなければならないだろうし、デモクラティックな姿勢も求められるだろう。これらの精神的な側面がわれわれの中に根付くようになるまでには一体どれくらいの時間がかかるのだろうか。




Habits of thought は学問の世界だけの問題ではなく、われわれの営みすべてに当て嵌まるだろう。目の前に現れたことをそれまでの囚われの心から離れて見直すこと、それが新し い未来を生み出す原動力になるはずである。それを可能にするためには、われわれの考え方は最初からある枠に嵌った癖があることを意識していなければなら ず、その上でその考え方と戦わなければならない。そんなに易しいことではないことは、現実をみればよくわかる。Habits of thought からの脱却、あるいはその必要性を多くの人が共有することが閉塞感を解くひとつの有効な方法にならないだろうか。

ところで、日本の書架には The Statue Within 1989年版があるはずだが、じっくり読んだ記憶がない。ビブリオテークの方に聞いたところ、非常に感動的な本だったと言っていた。昨日原著にざっと目を通してみたが、ジャコブさんを取り巻く環境が見え始めたこともあるのか、非常に興味深いお話が次々出てくる。いずれその美しいフランス語の中に身を委ねてみたいものである。

The Statue Withinグーグル・ブックスでも読むことができる。
日本語訳は 「内なる肖像―一生物学者のオデュッセイア」 (1989、みすず書房)。


Aucun commentaire: